第7期養成講座の課題のレポートをご紹介させていただきます。
提出者 第一号はVisionaryさんです。大変な読書家ですので、素晴らしい情報が一杯。
是非、ご参考になさってください。(読後感想大歓迎:メールフォームからどうぞ!)
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研究テーマ
【ゼロ・ポイント・フィールドと
思念の相互作用および知覚】
執筆者:7期養成講座受講生、Visionary
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T [理論と動機]
すべての現実体系が物質に焦点を合わせているわけではない。
物質は意識の投影であり、内的思考(無意識レベルでの)が物質や肉体像を一瞬ごとに創造している
のである。ただし、三次元の人間は、この創造過程を無自覚に行なっている。
なぜなら、
@
時間は時の流れの中の一点が連続して直線的な経過をたどる、という誤解に基づいた信念体系が
公理として確立しているため。
A 五感三次元という制限された特殊領域での生存条件が、物質に焦点を合わせることであるため。
この二つの大きな理由から、無自覚のまま現実体系と直線時間を創造し続けているのである。
ただし、現代の理論物理学や古代からの宗教・哲学によれば、その解釈や概念は多様であり、この限り
ではない。
たとえば、アインシュタインは『相対性理論』で時空の概念を塗り替え、ショーペン
ハウアーは『意志と表象としての世界』で物質が意識の投影であることを哲学として述べている。
この意識と宇宙の相関関係について、マイケル・タルボット著『投影された宇宙』、リン・マクタガート著
『フィールド響き合う生命・意識・宇宙』、アーヴィン・ラズロ著『叡智の海・宇宙』に詳細が書かれており、
一読すれば非常に有益な参考著書であることが分かる。というのも、これらの著作で事足りると思わせる
ほど深遠な宇宙の構造理論に圧倒されつつも、同時に納得せざるをえない説得力があるからだ。
このような例を鑑み、多次元宇宙には非時空(永遠)の「整合点」があるのみで、すべてが同時進行しており、
三次元で考えられている「過去や未来」も同時に存在していることが解かる。ただし知覚はできず、あくまでも
理論上の理解に留まっているため、曖昧なイメージと不確かな認識で渋々納得せざるをえない。
そこで、納得しきれない顕在意識が向かう場所、それが潜在意識や無意識の領域となる。だが、ここで新たな
矛盾に気づく。過去や未来が同時進行であるならば、カルマは存在しえないということに。
そもそも、過去世のカルマという考え方自体が直線時間から生まれた理解と発想によるもので、本来は
多次元の深層秩序による干渉(影響)という捉え方と理解が適切ではないかと思うのだ。
この件に関して『セスは語る』『シルバー・バーチの霊訓』などの良書を熟読することで理解が深まること
と思う。
さて、ここで、三次元に焦点を合わせているがゆえに、多次元を知覚できない理由について、次のような
原因が挙げられると思う。
@ 三次元に生きる人間の精神構造が、極度に制限された知覚パターンに依っているため。
A 地球自体が極度に制限された周波数領域であるため。
これはどういうことかというと、たとえば太陽光線をレンズで集結させた一点が三次元で、レンズの役割を
しているのが三次元フィルターである。そのフィルターが制限領域を固定しているため、焦点以外の多次元を
感知できないのである。この状況は、プラトンの『国家』に出てくる*〈洞窟の比喩〉が分かりやすいだろう。
では、三次元フィルターを外し、知覚パターンを積極的に変える方法はないのだろうか? と単純に考え、
模索していた延長で出会ったものが、誘導催眠と瞑想である。
人間は、五感を遮断されると意識が自然に内側へ向き、無風・無音・闇の中では必然的にトランス
(変性意識状態)になる。この変性意識状態に入ると内的知覚が表出し、多次元(「過去世」「近未来」「来世」
あるいは光の世界・高次元)を知覚・認識できるようになる。
さらに睡眠中の夢もまた、三次元フィルターに制限された特殊領域から解放され、多次元宇宙を自由に生き
た体験なのだが、目覚めと共に顕在意識から消え去ってしまう。これは物質界に誕生した乳児が多次元宇宙
での記憶を喪失した瞬間と同じであろう。
そこで私自身、瞑想を試みたことで、過去世や近未来・来世と言われる多次元の人格的存在(自己)の姿を
垣間見ることができた。しかし、あくまでも垣間見た程度の認知であり、より高度な超感覚的知覚には遠く及ばない。
仮に、体外離脱やゼロ・ポイント・フィールド(アカシック・レコード)にアクセスすることが容易であれば、
完全な全人生を観察しつつ追体験できるだろう。
ただ、そのような高度なテクニックを体得するにも独学では行きづまる。そこで、ヒーラー養成講座での
理論と実技を学習し、霊性を高めると共に内的知覚力を鋭敏にすることを目的としたのである。
*プラトンの『国家』下・第七巻より〈洞窟の比喩〉抜粋の概略
地下の洞窟に人間たちが拘禁されている。長い奥行きのある洞窟の入り口は幅いっぱいに開いており、その
先に光明がある。
人間たちは子供の時からずっと緊縛されており身動きすらできず、前ばかり見ている。
彼らの上方に燃えている火の光が後ろから照らしており、この火と囚人たちの間にある道沿いに壁がある。
そのような状態で囚人たちが見ているのは、正面の壁に火の光の中で動く人や動物たちの影である。
ある時、彼らの一人が縛りを解かれ、火の光を仰ぎ見るように強制される。しかし今まで正面の影だけを見て
いた彼には光が眩しく、目がくらんで見えない。
そこで、これまで見ていたものは影で、今見ているものこそ実在である、と教えられても彼は困惑し、それが
何であるか答えられないだろう。そして、目の前の事物よりも以前に見ていた影の方が、より真実性があると考える。
やがて火の光に目が慣れて、もとの洞窟に戻った彼が、囚人たちに真実の話をしたら、彼は狂人扱いされるだろう。
しかし、真実の火の光の中で実在の事物を見たことのある者は、二度と洞窟に戻りたいとは思わないだろう。
なぜなら、洞窟に拘禁された囚人は、真実に無知であり続けるからだ。
U [新しい視点と突破口]
数多ある精神世界の書籍に目を通すと、必ず一度は目にする難問が「私は何者か」である。
私自身この問いかけに明確な返答ができず、ジレンマに陥っている。
ただ、全体自己・多次元的人格存在・エネルギーの一形態など、抽象的な答え方はできるだろうが、到底、
把握などはできない。まさに先に挙げた洞窟の囚人同様、無知なのである。
そこで新しい視点が必要になる。
私は、これまで多少の神秘体験を経ている事実を思い浮かべ、過去世退行による催眠療法の必要性を感じた。
また、これが新しい視点の一つとなり、延いては現状打破の起爆剤になりうると確信したからである。
この催眠療法(ヒプノセラピー)は、ブライアン・ワイス博士によって広く認知されるようになった近年の
療法である。
それ以前は、エドガー・ケイシーによるリーディング、ルドルフ・シュタイナーが著した『アカシャ年代記』
(人智学)などで、見えざる存在や知の宝庫とのコンタクトにより宇宙の真実が語られてきた。
そして近年、アメリカを中心に広がり続ける様々な療法と併せて、自称チャネラーが驚くほど誕生している
事実に目を見張る。
思うに、こうした現象は明らかにパラダイム・シフトの到来を告げ、次元上昇へと導く使命を持って生まれ
た人間と時代霊との任務(魂レベルでの)を遂行しているのではないかと思うのだ。
そのことに気づくと、ライトワーカーが一握りの人間ではなく、すべての人間が、ライトワーカーとして
生きるように導かれており、その事実を身を以て示した人物が、イエス・キリストであったことに思い至った。
したがって、ヒーラーはライトワーカーの代表とも言えるだろう。
だからこそ自ら進んで学び会得したテクニックや宇宙論が新しい視点となり、抱えている問題の突破口に
なりうると思うのだ。
このようなスピリチュアル・ヒーラーの中で傑出した人物の一人に、バーバラ・アン・ブレナンがいる。
彼女の著書『光の手』は、学術的でありながら一般読者にも理解可能な良書で、スピリチュアル・ヒーラー
を目指す人には必読の教科書とも言える。
しかし、どんなに優れた書籍を渉猟しても、実践しなければ意味がない。
そこで、まず食生活の改善に取り組んだ。これは、食物摂取による食物と人体エネルギーとの相互作用
(飲食物のエネルギー波動と人体エネルギーの共振・共鳴)に重点を置き、臓器・細胞の浄化とエネルギー
波動の安定を目的とした試みである。
第一、自然の実りと思われる飲食物を摂取することは理に適っており、アンドルー・ワイル著*『ナチュラル・
メディスン』や、ダン・ミルマン著『癒しの旅』などを参考に、楽しい実験と思えばいいのである。
また、飲食物の微妙な影響が分かり始めることで、エネルギーの変化を実感すると、「愛」という名の精妙な
高次元波動に共振するには、場当たり的な食事を一新しなければならないと考える。
これを身近な例に置き換えると、「愛」は「太陽」と言える。
太陽光線は、広く遍く照らす暖かい愛の波動だ。生命を育み、心に活力を与え、おだやかに、何の見返りも
期待せず、ただ照らす。それが「愛」と言われる精妙な周波数なのだろう。
したがって、太陽光線を直接エネルギーとして摂取できるようになれば、食物摂取の必要はなくなる。
人間が陥りやすい耽溺や中毒も、元を正せば習慣なので、子供の頃の食生活に戻ればいいという理屈にも頷ける。
「愛」の波動は「光」であり、ゆえに高次元領域は、その輝きに満ち充ちているため眩しいのだろう。
そして子供も、悪習慣に染まった大人と比べると、大抵は明るく元気で輝いて見えるのも、その一因であろう。
とはいえ、成長過程におけるチャクラとの関係もあるので、一概には言えない。
ただし、ヒーラーを目指す人、あるいは宇宙論・多次元の知覚力を体得したい人であるならば、理論と感受
性と探求心は必要である。
*アンドルー・ワイル著『ナチュラル・メディスン』より抜粋
「砂糖断ち」をしたことがない人は、一度試してみて、その習慣性の強さを実感してみるのもいい。
抑うつ傾向のある人、気分が変わりやすい人、エネルギーレベルが変わりやすい人は、無意識のうちに糖分
に影響されていたということがわかるだろう。−
V 「経過と効果]
好ましくない習慣を批判しつづけるより、より好ましい習慣を身につけることが進化への第一歩である。
ということで、さっそく実践したことから、次のようなことが解かった。
(1)これまで愛飲していたカフェイン類を極力ひかえたことで、好転反応(寝覚めが良くなった)が現れた。
この、たった一つの選択が、人体エネルギーに及ぼす影響と効果を次のような例で説明することもできる。
たとえば、パソコンで長編小説を執筆中に、入力した文章の一部を修正したとたん、その後の文章・段落の
すべてが書き変えられてしまう。この、たった一部の修正が長編小説全体に及ぼす影響と、カフェィンレス
という些細な選択(修正)による効果は、とてもよく似ており、自ら体験することで証明もできる。
また、食肉に関して懸念されるのは、肉に蓄積された残留思念の影響である。
そもそも食肉として商品化される過程で、動物が屠殺される瞬間の思念(恐怖・拒絶反応など)が負の波動
として細胞などに残留する。その肉片を摂取することで負の想念波動をも取り込むことになる。
そう考えると、とても口に入れる気にはなれない。
以上のことから、動物も植物も人間も、自らが放出する思念に共振・共鳴・同調した波動が現実(結果)を
創造する、というメカニズムを理解すると、必然的に食生活の改善・見直しに注意が向く。
(2)次に、夢日記の分析である。ただし、夢判断は解釈が難解なので、参考書に頼るしかないのだが、
毎日つづけることで直観も冴えている。
私は夢の中で、過去世の自分が生きた時代の象徴「イルハン」を教えてもらい、さらに瞑想中に過去世を
辿ったところ、「ババ」という名の女の子の映像が現われた。そこで、それらを手がかりに検索した結果、
思いもかけない過去世が出現した。
しかし、これも厖大な歴史が記憶された叡智の海を想えば、ほんの一滴にすぎない。けれど、探究心という
センサーを働かせれば、徐々に知覚力も鋭敏になり、良くも悪くも思念の力を意識せざるを得ない。そして
世に名高い「引き寄せの法則」とは、まさに思念の力そのものなのである。
(3)次に、メッセージのチャネリングである。これは、ある日の深夜、睡眠間際に聞こえてきた(頭の中
で朗読するような)男性の声である。
その静謐な声は、まるでテープレコーダーから流れてくるように脳裏に浮かんできたのである。
よく聞いてみると、自分が書き進めている研究レポートの内容と酷似しており、そのまま頷ける内容だった
ので、あわててメモをとった。
そしてベッドに入ると再び声が浮かんできたので、再度メモをとり、と何度も何度も同じことを繰り返した。
しかし、時刻は午前4時を過ぎており、それ以上つづける気力も萎えたので切り上げた。
翌日、書き散らしたメモを読んでみると、実に納得のいく内容だったので、清書し保管した。それが別紙の
【メッセージ】である。
実は、その前日も、夢の中で延々と語り続ける男性の声を聞いていた。その内容は残念ながら忘れてしまっ
たが、おそらく同一人物(存在)ではなかったかと思う。ただ、名前も、どういう存在かも確認できないま
ま、聞き取ったメッセージを記録しているだけである。
こういう経験は以前にもあったが、もっと鮮明な声で、身近な空間から聞こえたものだった。けれど、声の
主は同じようにも思える一方、口調は違っている。
真相は謎のまま。だから神秘体験と言うのだろう。
(4)最後に、連鎖反応、コインシデンス(同時発生)、シンクロニシティである。これらは、誰しも経験
のあることだろう。ただし偶然という言葉で片づけてしまいがちでもある。
けれど、詩という形を想起させるインスピレーションであったり、思念が即、現実になると、改めて思念の
力の偉大さを感じずにはいられない。
私は、ジョー・ビタリー著『ザ・キー』を、たいへん感激しながら読んでいると、突然、例の男性の声で話
かけられた。それが詩作のインスピレーションとなり、一つの詩が誕生したのである。
そして、どんなことにでも言えるのは、あることに多大な関心を注ぎ集中していると、直観・シンクロニシ
ティ・コインシデンスが頻繁に起こる。そして、その思いが強く、一点の曇り(疑い、思い込み)もなけれ
ば、その思いは迅速に現実となる。
ジョー・ビタリー博士の著作は、そういうことを言っているのであり、博士の考え方に同意し、深い共感を
持って読み進めていた時に、インスピレーションやシンクロニシティが起きたのである。
このメカニズムが、ゼロ・ポイント・フィールドと思念の相互作用であり、証明とも言えよう。
【メッセージ】
愛は波動であり、進化とチャネルする唯一最高の周波数である。
ただそれは存在し、宇宙を統率する無限のエネルギーであり、摂理である。
それは愛であり、神であり、総てである。
人間の想像を遥かに超えた未知の領域であり、光以上の高次元波動であるため、人間が理解し納得できる
ような言葉では説明できない。不可能なのだ。
であるため、人間が想像しうる最高次元でさえ、中継点でしかない。
真実は無限。
無限と言われても想像できないだろう。だから無限なのだ。
時間と空間は人間が創造した檻のようなもの。ゲームのためのアイテムと同じ。しかも三次元に限り有効な
幻のアイテムだ。
意識は常に何かを創り出したがる。
占いは、そのよい例である。
人間は、自らが現実を創造している事実を自覚していない。そのため、占いを創り出し、その可能性の
一側面を確認しているようなものなのだ。
なぜなら、意識と思念は刻々と変化するため、未来という結果への影響も、めまぐるしく変化しつづけてい
るからである。
しかし、未来も過去も、異次元に在る記憶でしかない。
言葉による説明は、非常に限られた領域に無理やり押し込められ変形した物のようなもの。あるいは残骸の
ようなもの。したがって、あまり意味もなく正確には伝わらない。
真実を識るには知覚しかない。
三次元は、地上の離れ小島のようなもので、その島しか知らない島民に、世界中の人種や言語・気候風土・
慣習・歴史などの詳細を説明しても、途方に暮れるだろう。なぜなら、見たことがないのだから。
宇宙を識るとは、それ以上に困難で難解なのだよ。
だから、今はわからなくて当然なのだ。
しかし、いずれわかる。
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