クライアントのセッションの中に、過去世回帰が行われることは珍しくありませんし、ほとんどの方が歴史のある時期に他の国や稀に日本で違う人間としてのの人生があったことを思い出し、追体験します。そんなセッションの終わりに私はいつも感謝と感動の気持ちでいっぱいになります。

でも、今日は感動に加えて、このホームページを読んでくださる方に是非、お伝えしなければという思いが湧き上がってきました。それでそのクライアントの許可を得て、少しそのことを書かせていただくことにしました。

このクライアントにとって今回は3回目のセッションでした。今回のテーマは自分は何故生まれてきたのか、というものでした。一般的に申しますと、人生の目的を見出すのがテーマに選ばれた場合、この主題はとても深遠な意味を持ち、かつ魂の今までの旅の多くに渡るスパンの長い視野から見るべきもののようで、大抵の場合、初回ではなく何回目かになって初めて見ることが可能になってくるものです。

今日のセッションを始めると彼女はすぐ、ある一つの人生にしっかりと入り込みました。
その人生を時間を追って見終え、彼女は他界し、別の次元に移行していきます。

その一つの人生から次の人生の間、つまり中間生への移行のプロセスをしっかり見ていくことにしました。

すると、一つ一つプロセスを進んでいくと、やがて次の人生を設計する段階に出ました。

そこで彼女は自分を指導する人(と彼女は表現をしました。)に出会います。そこでは、次の人生の目的を明確にし、その人生の内容をあらかじめモニターするチャンスが与えられます。
そのモニターしている人生 は前半で見た人生の次に体験する人生の内容のようで国はギリシャでもものです。興味深いものではありましたが、今日のテーマは今、彼女が日本で実際に生きている人生の目的を知ることであったので、2,3、次次にやってくる人生を軽くモニターし、近世のに近いものに時間を進めるようにしていきました。するとまもなくドイツに生まれている自分の人生を彼女は体験し始めました。

ドイツでの彼女にとって、生活は貧しく、迫害されて生きており、人生は厳しいものとなっています。
「迫害されているのは何ゆえにか?」を尋ねると、「それは人種的なものからきている」という答えが返ってきました。

直感的にそのドイツでの人生が何か大きく今の人生に影響を与えているのを感じ、私はその人生に焦点をしっかり当てて、詳しく見ていくことにしました。

その人生の体験をかいつまんでご紹介しますと、次のような展開が待っていました。

彼女はすぐに自分がドイツのユダヤ人収容所に入れられているのを追体験し始めます。
13,4才の女の子です。6歳くらいの弟ともう一人の兄弟と一緒です。
次に感じ始めたのは3人でシャワーのようなものを浴びせられているところです。 ドイツ人兵士に背中を押され、大勢の人とともにその部屋に押し込められました。シャワーには毒のようなものが入っており、それを浴びせられた者は体が衰弱していき、やがて自分も弟達や他の人たちとともに死んでいくのを見ます。

「両親は?」との質問に「 両親とはもうずっと前に引き離されてしまってる」とのことでした。「どんな気持ちがするのか」とたずねると、答えは「惨めな気持ち、怒りもある」というような内容でした。自分の遺体は沢山の死体と一緒にダンプカーのようなもので運ばれ、死体の山に投げ込まれます。

その時、私は以前にも似たようなセッションに立ち会ったことを思い出しておりました。

そして、やがて、彼女の意識がドイツのその身体を離れて行くのを機に、もう一度、その指導する人の傍に行くようにと誘導し、そのドイツの収容所で殺された体験の次に行く日本での人生についての情報を得てくるようにと指示しました。

そこで得られた日本の人生に関する情報の要点は次のようなものでした。

・・・・これから徐々に世の中が生きずらいものとなっていき、愛と癒やしが必要になっていく時代となっていく・・・・・そして、彼女はこれから癒やしに何らかの形で参加するようになるだろう・・・といった内容でした。なんということでしょう、癒やしを求めて彼女は爽にやってきたのですから。

「いつ、癒やしをしようと決めたのですか・・・?」
「ドイツの収容所に居たときでした。そのとき、決めました・・・」
彼女の潜在意識は次の人生の目的の一つをしっかりと覚えておりました。

指導する人の言葉は続きます・・・・「心を大切にしなさい。うわべだけにとらわれないで、心の世界や内面を見つめていきなさい。何か、小さなことから始めていきなさい。ちょっとしたことでも落ち着いて、あわてないで・・・。」

「そして、何より、後悔しないように、やり残さないように・・・。」

セッションが終わった後の話し合いの中で、最近、彼女が「戦場のピアニスト」という映画を見て、とても感動したこと、また、以前、アンネの日記を手にしたとき、全身に寒気をもようしたことなどが明らかにされました。私もその映画は見に行きましたが、映画館が始まって20分もしないうちに気持ちが悪くなって、とうとう映画館から出てきてしまったことを思い出しました。

その話し合いの中で、彼女はセッション中に口にしなかったそれらの場面のより詳しい情報も伝えてくれました。収容所に連れて行かれる前に住んでいた家、兄弟のことなど、その彼女の話し振りは淡々としておりました。寡黙ないつもの彼女です。私はセラピストで、セッションの時は常に中立の立場を心がけています。が、今回は話を聞くうちにとても悲しくなり、かわいそうで、なんとか泣くのを止めようとしても涙がこぼれはじめました。

「後悔しないように・・・やり残しのないように・・・」というのは私もいつもこの人生で心がけている言葉でもありました。
同じ言葉を、期せずして耳にしました。

私達、一人一人、この人生の目的は異なることでしょう。願わくば、目的は何であれ、後悔のないように、一人一人がこの人生を大切にして学び残しのないように・・・生きて行きたいものです