今回は、 私の左腕についている小さな正確に刻まれた六つの点、六芒星について少し書きたいと思います。

もう10年近く前になりますか、ある暑い昼下がりの午後、自分の部屋でまどろんでおりました。
私の部屋は2階にある畳の部屋で、南に面した窓に向いて座ると、広い出窓からもみじや松の木のてっぺんが顔をのぞかせ、緑の合間には空がずっと広がって見えます。 夏には窓を開け放すと、暑い最中でも風がよく入り、そよ風を頬に感じながら、お化粧をしたり、読書をしたりしています。また、時には身体や目が疲れると、ゴロンと横になってボーっとしたり、音楽を聴いたりしています。

その日もそんな一時をすごしていたのでしょう。横になっているうちに寝入ってしまったようで、フッと気がつくともうゆうに30分以上時がすぎていたようでした。
寝込んでいたのだと気がついた その時、自分の視線が何気なく半そでから出ている左腕に行った時です。すぐそこに何か点のかたまりのようなものがある気がつきました。今までなかったもの、これは何だろうと思 って仰向けに寝たまま腕を顔に近づけてよく見ると、それはきっちり正しい六角形にポチポチと針 で突ついたような星の形をしたものでした。

「ハテ・・・ナニ、コレ・・・?」とあまりに正確な形なので、寝ぼけた頭にも奇妙に感じられ、「もしかしたら、よくテレビで見た UFOに乗った異星人に何か脳にでも埋めこまれた印かなんかではないか(?)と思ったものです。 そう思った瞬間、ガバッと起き上がり、鏡の前に行き、額・顔・髪の毛などをチェックしてみました。が、見るところ何も異常
なさそうでしたし、頭中身にも別にどうという変化もない普通のいつもの私でした。その点が果たして前からあったものなので気がつかなかっただけなのか、それともその時に現れた(つけられた)もので、そのために目が覚めるといきなり潜在意識でわかっており、すぐ左腕に目が行ったのか・・・は定かではありませんが、 結局、それまでにいくつもの神秘体験をしていたものですから、その類のものだろうと納得し、何となく嬉しくなって、しばらくシゲシゲと見入っていました。

それからしばらくの間は、家族をはじめ友人たちに見せて、「ほ?、本当だね」と目を丸くされるを楽しんだりしていましたが、 それも時間が経つうちに当たり前になり、星があるからどうだという意識もなくなり、そのことを考えることもほとんどなくなってしまいました。 ひょんな時に思い出して、これは一体何なのか思い出しては、少しの間悩むことが何度かあることはありました。たとえば、ヒーリング関係の本によく出ている六角形のペンダントなどを見たり、何気なく腕に目が行ってまだ健在な星の形を思い出したりするときです。

その後、しばらくしてから、偶然開いたあるイギリスの本に「星の光」というタイトルの本の広告が出ていたことがあります。本が好きな私は、その時もすぐ注文して取り寄せました。
これはホワイトイーグルというスピリットによって伝えられた詩のような文を書いたもので、見開くとすべての左側のページに六芒星があって、右側のページに言葉が書いてある小さな美しい本でした。今、たまたま開いてみたページの右側には「「逆境には沈着に、批判にも賞賛にも非難にも心動かされることなく、お互いに助け合いながらしっかり人生の道を歩みなさい。その星に従って。」というようなことが書いてあります。この本を読んだことで、六芒星が癒しのシンボルであることがわかりました。そしてその時は、なるほど、なるほど、と分かったような気にはなったのですが、しばらく経つとやっぱり分からないような・・・何故、私の腕に星なのかが依然として分からないままなのでした。

そして、しばらく前、このホームページに「この星の意味に関して誰かご存知でしたらお教え下さい」とお願いしてみました。でもどうという反応もいただけずに時はすぎていきました。 そんな時、たまたま足利短期大学というところの特別授業に呼んでいただき、前世治療に見る「老いと死」についてお話しをさせていただくチャンスがありました。その何日か後、そのクラスに出席していた学生さんの一人Kさんのお母様がホームページをご覧になったのでしょう、六芒星に関する情報が出ている本を2冊とビディオを一本送ってくださいました。
それは山下弘道さんというUFOに乗ったことがあると云う医師が書かれた「大地からの最終警告」と「遥かなる大地・ムーからの予言」(たま出版)というとても興味深い本で、その中になぜ、六芒星が癒しを象徴するのかが詳しく書かれておりました


そんな訳で、今やこの星の意味がしっかり理解できるようになりました。
が・・・、しかし・・・それでも、釈然としません。何故、それが私の腕に4〜5年も消えずにあるのか・・・がやっぱり分からない・・・。 とりあえず、ヒーラーの腕にあるのだから、もっともらしく、まことしやかであるのは分かるのだけれど、それが何故、この私なの? です。

それが、幸い、それに関して最近、情報が得られました。 (Yさんが寄せてくださったイスラエルランチのレポートに書かれてあります。)Tさんがイエス・キリストと時を同じくして生きていた過去があるというのをたまたま過去世回帰で知り、それを皆さんと分かち合えたら素晴らしいのにと思ったのがきっかけでランチ会を計画したのですが、念のため、もう一度、Tさんにお願いし、その時代に戻っていただき、起ったことを詳しく見てきていただきました。 その時にイエスから探していた意味を教えていただいたのです。

ダビデの星が象徴するというように、「舵取り」の役を私が頂いたそうなのです。
「でも、ウソでしょう 、、、私がそんな大それた・・・」という気持ちのほうが強く、どうも信じられません。
それにしても 歓びをもってしっかりやる・・・とは一体どういうことなのか、、、こんな私に何ができるというのだろうか、、、目的地;イエスの帰られた所とは?、、、等など。

しかし、その後、クライアントさんの中に、イエスキリストと一緒に生きていた過去の記憶を持つ人がぞくぞくと出てくるのには・・・驚きでした。
このことは少しずつ、ご報告していきたいと思います。