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それでは始めましょう。
今朝のメッセージは、やはり愛についてです。
愛の深さ、大きさ、広がりについては既に再三、多くの側面を通して描いてきたところです。
今日は愛と感情というテーマで、お伝えしましょう。
地球は、感情を通して愛を感じるところだと、あなたは理解しておられます。
実際、その通りではあります。
しかし、少し付け加えてみましょう。
まず、最初に、感情とは、そもそも何なのか、についてご説明しましょう。
感情は、皆様、赤ちゃんの時から自然に感じられ、一生、持ち続けていくものと思われるでしょう。
何かがあると、それに関して「自分はどう感じるか、どう思うか・・・」等と、否が応でも気持ちが揺れたり、
左右に動いたりと、何らかの影響を受けるものだと体験から信じておられます。
しかし、本当のところ、そんなことはありません。
必ずしも、何かにつけて、感情をゆらす必要もありません。
あなたが小さい時に、お母さんが「〜ちゃん、良い子ですネ・・・」と言葉を発した時、とても嬉しかったり、
気分が良くなったりしますが、その反対に「〜ちゃんはとっても悪い子ネ・・・」と発した場合、あなたが重く、悲しい、
嫌な気分になりました。
少し年がいって、高校生頃になっても、多かれ少なかれ同じことが起こりました。
学校の先生が、あなたの方に目をやって、あなたに多くの注目を注いだり、認めたり、友人より少し秀でたりしている
ところを注目されると、あなたの心は躍りました。
しかし・・・どうでしょう・・・今はどうでしょうか?
多くの年月を経て、多種多様の体験を経た今、あなたはあまり多くの感情的ぶれを、小さい時や高校生の頃ほどには
感じません。
他者の言葉に一喜一憂することも、昔ほどはないでしょう。
それはどうしてなのでしょう。
「年を取り、面の皮が厚くなって・・・(ハハハ)と笑みを浮かべながらお答えになるとしても、心の底には・・・
「やっと、少しは平静になれた・・・結構、アップダウンは辛いものがある…」という思いがおありです。
実際、現在のところでも、こういう多少の気持ちの上下には無縁ではありません。
あなたは、特に夕暮れの頃、身体が疲れ、心が疲れ、重く足をひきづり、「何で、こう気分が落ち込むのだろう・・・軽く、
歓びと共にいられないのだろう?」と自問自答しておられるのを目にします。
そんな時、あなたが、ご自分が、この年になっても、何も変っていない、成長していない、年を取っただけの事がないと
感じておられます。
これはどうしてなのでしょうか。
人はいつまでも、いくつになっても、こういった他者からの言葉や行動、評価、認識等によって、これ程までに影響を
受け続けなければならないのでしょうか。
職場に於いて、学校や家庭に於いても、人は人の間で生きています。
それが人間というものです。
山の中で仙人のように一人きりで生きていくなら、自分だけの純粋な気持ちの動きのみを感じながら生活できる
でしょうが、元来の目的である「人と人との間で生き、多種多様の体験を通して自分を磨いていく」ことをしたいなら、
やはり、こういった感情と他者の言動との関連を体験することになります。
さて、そういった感情の揺れを心に持つというのは、実際にエネルギー体の観点からするとどういう変化をなしているか
をここで述べてみましょう。
ご承知の通り、心的活動は、すべてこのエネルギー体の活動として私達には認知されるところです。
つまり、心の揺れはエネルギー、光の揺れとして存在しています。
身体は飽くまでも、それを表現するものとして機能しています。
エネルギー体は、本来のあなたのそのものであります。
あなたご自身の本質であり、どの身体をまとおうと、どんな場所に居ようと、あなたご自身・・・つまり、過去から
未来永劫に持ち続ける唯一のものと言えます。
そのエネルギー体こそ、あなたの感情の発生源であり、身体を通して、また帰結するところでもあります。
外で生じる何かに対して反応し、それが身体で表現され、そのことで生じる多くの事象を体感することでフィードバック
されるものが、また、そのエネルギー体に取り込まれることで、あなたは多くのことを学び、気づき、変化を遂げます。
それが生きる目的、意義と言えます。
身体はいつか朽ち落ちます。エネルギー体は変化、成長こそすれ、朽ち落ちたり、枯れたり、古くなったりすることは
勿論、年月に影響されることなく生き続け、より美しいものに昇華し続けていくものです。
そのエネルギー体こそ、感情の発生源であり、帰回するところであり、それを繰り返すことで、あなたは、
より美しく、より軽妙に、より微細になって光輝くものとなります。
それらの体験を、地球上では地球特有のやり方で積んでいきます。
自分という個人が、他者という自分でない者をしっかり区別され(第3チャクラ)、そこから、自己愛と他者愛とが
分離され、その状態で諸々の体験を積んでいきます。
その過程で、先程お話したように、エネルギー体の一部が感情として反応し、感知され、それまでの自分の価値観や
認識に依って、感情の動きが生じるわけです。
ということは、動きは、お分かりのように、ご自分の認識や価値観に多く左右されるということです。
従って、先程、言及しましたように、小さい頃に他者への言動に対して感じたものと、成長してから感じたものには
同じものであっても、差が生じてくるのです。
つまり、一つの言動に対する反応は、エネルギー体にあるもう一つの精神や思考と関連する部分を通し、価値判断や、
認知作業が行われ、それが感情として発露されます。
その精神作用が、小さい頃と成長した時とは異なる故、感情の生じ方が違ってくるのです。
ここにもキイがあります。
「どうしてこんなに思い気持ちになるのだろう?」と問う時、あなたの表するところはこうも言い換えられます。
「どうして、私の感情エネルギーは、精神エネルギー体の反応を通して、またこのように感情エネルギー体を
刺激するのだろう・・・?」。
精神エネルギー体の組成や反応は、つまり、平たく言えば、考え方、意識、認識の仕方でもありますから、感情は
こういったものに依って左右されるということです。
従って、あなたが重くなったり、軽くなったりするのは、この部分いかんに依るのです。
体験を積み、多くの認識を通して愛を知ると、この反応の仕方が変化します。
これをメンタルな部分が多く司るのです。
意識しようとしまいと、そういうものなのです。
これから、ご自分の感情の変化や揺れが、どのように生じているのかをよ〜く冷静に観察してみてください。
あなたは、ご自分でその感情を作り出しているのに気づかれる筈です。
その作り出す過程で、あなたのこれまでの観念が大きく関わっているのを知るでしょう。
あなたは、そういった観念にとらわれる必要もなければ、そういったものを意識する習慣からも自由になれます。
元来、あなたの光である本質・・・つまり愛である部分を中心にすえることで、あなたの観念を通り越すのです。
これまでの地球での生活から出た諸々の概念や、価値観、習慣、通念、信念体系から自由になると、あなたの
その気持ちのアップダウンや揺れ、重くなったり軽くなったりすることから解放されるでしょう。
次回、誰かがあなたに言葉で傷つけようとする時、よ〜く自分の心の反応の仕方・・・如何にして心がそれをキャッチし、
心のフィルターを通りながら、どういったプロセスを通り、判断し、返答としての言動を成していくかを観察してみて
ください。
初めはよくお分かりにならないかもしれませんが、繰り返していくと、少しずつ判ってくることがあるでしょう。
是非、試してみてください。
今日は感情について、少し言及してみました。
皆様と、これをシェアしてください。
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