神の愛について言及しに参りました。

青い空、美しい月の光、虫の音、これはこの美しい自然は全部、私の創りものです。

そして、これを通して、私はあなた方への愛を表現したつもりです。

愛とは感じるものです。感じ取り、それを身にしみて味わっていただくためのものです。

決して、頭脳を通して解析し、計算し、ご判断いただくためのものではありません。

皮膚の上にある小さな産毛が、小さく揺れて、この暖かい秋の夜の風のそよぎに触れるのを

感じていただくために、私はこの空気も創りました。

 

この優しいそよぎ、そしてこのやわらかい空気と土の香り、・・・そして皆様の髪の毛の湿り具合、

そしてあなたご自身のかぐわしい体の香りまでもが、私からの贈り物です。



そうです。私からの贈り物は、お一人お一人のもとに届けられているはずです。

お気づきにならないだけです。

私はそっと・・・いつも そっとわからないように暗やみの中で・・・カーテンの後ろで・・・

子供の背中の後ろに回り、かくれんぼをする時のようにかくれてあなたにあっちこっちへとプレゼントを

置いておきます。

これはとても私の好きなことです。

そうです。 これをするのは、私のためでもあるのです。

あなたが、その空の美しさを愛でる時、私も共に愛でるのです。

秋の虫の音の清らかさに耳を澄ます時、私も一緒に耳を澄ますのです。

何という喜びでしょう。



共にこの美しい自然を味わい、喜ぶことができるのは、この世の美醜は、何のために私が用意した

のか・・・を 語りましょう。

あなたにはこの美しさを理解できるようにもう片方の醜さもお分かりいただける筈です。

この双方を見比べて、あなたは何を思うでしょう。

この美しさだけを見るのでしょうか。それとも醜さだけに目を捉えられるでしょうか。

あるいは両方に目をやり、片方の目をつぶってみるでしょうか。

私はあなたに両方をしっかり同じように見ていただくために、二つを創りました。

この心にわき上がってくるもの、心の中から生じるこの二つのものの差異を知っていただくためです。

これまた、計算し、どちらが得か損か、生きるためにどちらが有利か不利かなどをご判断いただくため

ではないのは言うまでもありません。

 

この双方の心に与えるもの、心からわきたつものを生じるものは何のか・・・これはお考えいただいても

よいものでしょう。

この二つを見て、あなたの心に沸き立つもの・・・それがこの地上での「生きる」意味の一つです。

あなたは、この二つを感じるため、知るためにここにおられます。


生死も同じことです。

生も死も、もとはと言えば、私が創り出したものです。生も死も、実は同じことなのですが、表面上は

とても大きな違い・・・天と地の違い・・・がありますが、本当のところ、それは「生きる」という点では

同一のことなのです。天で生きるのか、地で生きるのかといったことが違うだけです。

 

魂・・・私のこれまた創ったもの・・・は、どこに在っても生きており、「死ぬ」ことがないのは

もうご承知の通りです。

私は、「死」というものを考えた時、これ程みなさんが怖れるものだということを想定できませんでした。

死は単なる「ドア」のようなものにすぎないのに、これが美醜の対比と同じような差しか在り得ないのに・・・

大きな大きな乗り越えられないような落差を生じてしまいました。

 

怖れのなせることでした。

怖れは、生と死をこれ程隔てたように、他のものにも多くの距離を生みます。



例えば、早い遅いという概念もそうです。

早いことで得したり、遅いことで損したり、ということがよく生じます。

これは、私の予期せぬゲームの展開の一つではありました。

 

神は全知、全能ではありますが、この予期せぬことも・・・これは私の楽しみの一つなのです。

ですから、必ずしも悪いことではないことをここに一言付け加えておきましょう。

 

さて、このように、差異が生じたことによって怖れが大きくなり、種々なトラブル、心配、不安が

人の心を占めるようになっております。

しかし、これは元はと言えば同じことを二つに割ったにすぎないのです。

これを知っていただくことが、私の大きな愛、知っていただきことにも繋がりましょう。

一つのことを二つに割って、私の右手と左手の中に持って、腕を大きく広げて、あっちこっちに

分けただけなのです。

 

ですから、怖れることは何もないのです。

ただ、体験あるのみなのです。 その体験・・・一つの体験、だけでなく、左右に分けた二つの体験を通して、

もっと楽しい興味深い展開を味わうためのものでしかありません。

その体験は、私にまた還って来るためのものです。

私の所へ・・・また・・・戻って、私と一つになるためのものです。

ず〜っと空間を旅して、あなたの光をより輝くものとして私に差し出して戻ってくるのを待って

います。

この事を伝えようと、私はここに参りました。

私の創り出したことは、すべて皆が楽しむためのものです。悲しんだり、苦しんだりするための

ものではありません。



片方だけを見つめてはなりません。

両方を見るのです。するとやがて、右と左に半分ずつに分けてあるだけで、元々は一つの同じ

ものだと気づかれるでしょう。

そして、それが、実は私の愛のかたまりであることにも気づかれるはずです。

この愛という観点からすべてをご覧になることです。

怖れはもう消えうせるでしょう。何も怖れを抱く必要もなく、そんなものは本当は幻影、つまり、

あなたの心が影のように創ったものに他なりません。

 

私の光を見つめることです。

私の光の中で、一つの愛が二つになって、いろいろ変化することを知り、それを楽しんで

いただきたいのです。

あなたも光です。

私の分身の光です。

ご自分でも光を当てることができます。

怖れることは何一つありません。体験があるのみ・・・その体験も、愛がうしろにしっかり形作られているのを

見つけることです。

影におびえてはいけません。

その形をしっかり捉えましょう。

 

これが私の今日のメッセージです。

いつでも、どこでも、私はあなたと共にあります。

私に声をかけてください。 私はいつでもあなたの所に来る用意があります。

すぐ目の前に・・・。

それでは、感謝を一杯ここに置いてまいりましょう。

玉手箱のように・・・愛が煙のように一杯立ち上ります。

でも、あなたはおばあさんにはなりません。

ただ愛で包まれるのみです。

ご安心を・・・それでは、また。