今回、私と母についてお伝えしたいと思います。

私と母は、私が1歳6ヶ月頃から父と離れ、それから今日までずっと二人で生活してきました。

ですから、お互い並外れた相手に対する想いや愛、きっと依存にも似たものでつながっていた反面、

その愛と同じ位、強い憎しみ?!のような何とも言えない感情が込み上げるの互いに感じていたのです。


私にとって母は絶対的な存在でした。しかし、小学校中高年頃からその愛も維持しつつ、何かあると

(少しコワイですが)「早く死んでしまえ」と人形に向かって憎しみをぶつけていましたし、その逆に

「早くしんでしまいたい」と思っていました。母も私と同様で深い愛を持ちつつ、私を叱る時は殺意にも似た

感情で、何度と包丁を向けられたか分かりません。 今思えば、それだけお互い人生について真剣であった

ということがわかりますが。



そして、15,6歳の頃、私はキリスト教に興味を持ち、聖書とマリア像を枕元に置き、よく意味もわからない

のに、救われるのはこれしかないと思っていて、やがて教会を何軒か巡り、留まったのは神父様が

外国の方のカトリック教会でした。ミサに行くたびに十字架の前にいるだけで涙が溢れ、共に罪悪感に

駆られ、自分はなんて罪人なんだろうと行くたびに感じてしまい、どんどん自信がなくなってしまいました。

そしてある時、1冊の本と出会い、行くのをやめました。それから何年もかけて、たくさんの本を読み、

何度となく、人生の転機を乗り越えてきましたが、母と私との問題は、一向に片付きませんでした。

何か一つ片付いてもまた、問題が起きて、そこにはやっぱり母と私の事につながっていたように思えます。

どうしても逃げてはならない事だったんでしょうね。



数年後、私は結婚をして子供を持ち、嫁に行ったけれどすぐに母と暮らす事になり(私自身がそう望んでた

し、他の選択は無かった)ますます、今度は子供を通して何かを強く感じていた頃、インナーチャイルドの

ワークを通して「爽」と出会い、ヒプノを受ける事を決めました。



とうとう、ヒプノを受ける日がやってきました。初めてのセッションですので、凄く興奮していましたし、

本当に見えるのかという疑心もありました。しかし先生に「何かちょっとでも見えた事を信じて、

見て行ってください」と言われ、「そうですね」なんて思いながら深い深い不思議な旅に向かいました。



私は教会の前に立っています。シスターのようです。年はもう50歳頃を過ぎ、しかし年の割には老けている

ようです。石畳の古い町で外国のようです。先生に「いつもあなたが行くところへどうぞ」と言われ、私は

教会の重いドアを開けていつも自分がいる部屋へ行きました。そこは修道所です。部屋の鏡で顔を見てみると

深く刻まれたシワと悲しげな目。いつも罪を背負っている、何とも言えない顔です。

「なぜ、そこにいるのか」と先生に言われると私は、「どうやら何かの罪を犯し、その罪を償うために人生を

神にささげたようです」と伝えました。そのシスターの頃の気持ちが本当にまじまじと感じています。

私はその部屋のベットで最期を迎えました。老衰でした。



次は、その罪を探りに行きました。少し時間を戻します。するとアメリカのどこか?よく分かりませんが、私は

夫と子供との3人暮らしです。夫は酒乱で、いつも私に暴力を振るい、私はものすごいヒステリックになり

いつもイライラしていました。子供はまだ生まれて間もない、2〜3ヶ月ですから毎日泣いています。

私は揺りかごにいるその子を見た時、フラッシュバックのように映り、すぐにその子を殺したと分かりました。

とても衝撃的だったのを覚えています。先生に「何をしたんですか?」と聞かれ、私は涙と共に

「子供を殺してしまったんです」と答えました。後、映像では包丁を子供の胸に刺すシーンが見えました。

そうです。その子供は私の母だったのです。

はじめは誰だかわからなかったんですが、先生に「しっかり見なさい」と言われて向き合ったとたん、母だと

わかったんです。私はなんてひどい事をしたんだろう。唯一、最愛の子だったのに・・・。とても落胆しています。

それは言葉では言い表せないくらいの罪悪感と、子を強く愛していた想いからです。それで私は修道所に

入ったわけです。



その後、時代は変わり、今度は母が私を子として迎え入れています。日本のようです。しかし母は、何等かの

理由で他人の家に私を捨てました。私は男の子でいつしか御世話になった家を出て、9〜10際頃から

一人で暮らしています。私を心配していつも一人の近所のおばさんが見に来てくれて私自身も信頼している

ようです。どうやらその人は母のよう。母は私を捨てたものの、心配でいつも遠くから見守り、今は他人のふり

をして見てくれているようです。私は気づいていません。そして私は15歳で亡くなっています。



多分、1,2回のセッションで見たのはこれくらいだったと思います。全部、母との事ばかりで、他の人物は

全く分からなかったのです。きっとそれだけ母との問題を早く知る必要があったからでしょうかね。このヒプノを

通して、なぜ母も私も底知れぬ憎しみが湧くのかがわかりました。なぜ、母に包丁を突き出されたのかも・・・。

そして教会に行くたび出た涙と罪悪感。母の目の前で娘に母乳をあげるのがものすごく嫌だった理由。

本当にいろいろなことがわかりました。母は私に殺され、来世で立場が逆転した時、同じように私を殺せたはず。

きっと同じような湧きあがる何かを感じていたはずです。しかし殺さず捨てた事でとどまっていて、しかもその後

も見守っていた事を思うと母はとても情が厚く、愛があり、魂は冷静さに富んでいる事がわかりました。



今世は、もう二人の問題をそろそろ終わらせる時ですし、私も続けたくない。許す事、そして愛だという事を

お互いから学ぶ必要があり、そのパートナーとして互いに選んだ訳ですから。こうやって再び母と子として

生まれ、今に至る事は素晴らしい事です。そして私達の課題を果たすためにはきっと、父とは離れなければ

ならなかった。だからこそ、父は身を引いたのでは?と先生に言われた時、とても癒されました。



今では、母もエネルギーヒーリングを時折受けて、少しずつ確実に本来母が持っている素晴らしさが現れて

いるように思います。そんな母を今ではとても尊敬しています。そして父にも・・・。私自身、以前は母との問題を

問題だとも思わず「うちはこうなんだから仕方がない」って思っていました。しかし、いつかその事が問題となり

その問題と向き合わなければならなくなる。今思えば、この件意外でも問題だと気づく事は解決するだけの

大きな理由があり、そのハードルを越えられるために問題にしているのだ、と感じました。

そして、越えた時の恩恵は、この世に生きている喜びを感じさせる瞬間です。本当に今世で母と向き合えて

良かったと思います。これも先生とヒプノに出会ってなかったら無し得なかった事だと思うと、この出会いに感謝

すると共に、この人生?(宇宙)の必然的で完璧で何とも言い例えがないものにただただ感動するばかりです。