人間イエスと共に生きた人生。後編はイエスのメッセージが出てきます。クライアントへのものを中心にセラピストへ
のメッセージも送られてきます。それはクライアントとセラピストとの関係性と必要性の中から表面化されてきている
ようです。まだまだ信じられない私は、それに突っ込んで質問をすると、知っている範囲の内容では常に的確、かつ
具体的な返答が示されます。知らない範囲では当然分からないので、時折猜疑心が首をもたげます。

これらを鑑みると、キリスト教を信じる人がよく口にするように、イエスは私達一人一人の情報を正確に、しかも 
総体的にも個別的にも、常に時空を超えて、しっかり把握しているのは本当かもしれません。

仮に これをエネルギーヒーリングの学習の時に必ず学ぶ、ヒューマンエネルギーフィールド的見地から検証しますと
なるほどと思えることもあります。これまでの個人的体験から仮説すると、ヒューマンエネルギーフィールドにはいろ
いろな次元とつながる波動があり、その最も高い、細かい波動領域にはいわゆる聖人といわれるような精神性の高い
知性とつながるの可能性があるのかもしれません。高いところから低い領域は見ようとすれば常に見えるけれど、
こちらの低い領域から高いところには繋がりにくい。特に通常の肉体に意識が合った状態では、それを感知すること
は困難で、肉体より波動の微細なエネルギーフィールドのみに集中した状態(誘導瞑想、催眠状態、チャネリングなど)
あるいは意識や精神性が高くなり、波動がより精細になった場合のみ通常の意識状態でもその領域の波動を感知
できるようになるのかもしれません。これについては近い将来、セラピストレポートで書いてみようと思います。

さて、以下は前半に続いて後半のテープ起こしですが、口語的で散漫なものになっており、個人的すぎるところが多く それらをカットした結果、内容的にも短く、大変読みにくいものになってしまいました。お詫びいたします。

 

・何をしたら良いのですかね、これから・・・具体的に。

イエスが実践していたことなんですけど・・・イエスが共感する・・・じゃない・・・憐れむ・・・というと言葉が違いますよね・・・哀れむじゃないな・・・なんか・・・包み込みなさい・・・って言ってますね

で、人間はみんな弱いんだっていってます。人間は強く見せたりしているけれど、本当は弱いんだって。だからクッションというか、やわらかく包む・・・ことが必要だって言ってます。

あの家族のように、ってゆうか、もともとヨセフもマリアもよせ集まった家族なんですよ。それなので…だけど、家族。イエスが何かあった時に思い出すのが、マリアとヨセフとそばにいた女性とちっちゃい私と・・・ってゆうのが、やっぱりイエスの中では家族なんですね。

どうして私達は力がない人たちなんでしょう?

それは、きっとイエスが生きていた時代に、すごくイエスのことが好きで愛していて、尊敬もしてたし、たぶん期待もあったし…。
そのイエスが亡くなるってゆう、それも、あのような最後に、死ねることに対してあのようなかたちで亡くなったことに対して、
その後の失望感がすごいんだと思います。

でも、たぶん、…最初から、力がある人がなったんだとみんなの気持ちが分からない。
今、現在の私たちよりも、もっともっと分からない人達がたくさんいるって言うんです。
イエスが私に「米が食べられなかった時、ご飯が食べられなかった時ってあっただろう」って言うんです。
確かに、うちの会社が大変だったときに、米が買えなかった時があったんですね。バブルがはじけてすぐの、この平和な日本だった時に 買えなかった時があったんです。でも、それがずっとこれから、すごい役に立つ・・・。

みんな、階段の一段目の人もいれば、三段目にいて、十段目、二十段目にいるとか高さが違うところから見るらしいんですね。
それで、下のほうの人達が、今こうゆうふうに苦しんでいるよってゆうのを、十段目にいる人達に伝えたりとかして、十段目にいる人達が、じゃあ下の人を助けてあげようとか。

(中略)

自分がおこなってきた良いことも悪いことも生かされる時が来るから、その事に焦点を当ててはいけない・・・人間は誰でも
良いところだけで人間になっているわけではない。汚いところがあるからこそ、きれいになるプロセスが始まる・・・

今まで自分がしてきてしまってこと・・・こんな私だからイエスに近づけないと思っている・・・そういうことをしてきてしまった自分
だからこそ、もっと近くにイエスが・・・身近に必要なのです。

イエスは平々凡々みたいな何もなく、清らかに生きてきた人はおもしろくないと言っている。
そういう風にいろいろしてきたり、いろいろ傷ついてきているからこそ、愛のエッセンスが染み渡る・・・。

自分がしてきてしまったことや、してしまった人に対していつでも償いは出来る・・・。

自分が他の人にしてあげることによって、そのしてきた事に対しても償いが出来るから、すべてをひっくるめて愛ということなのだ。

イエスが「自分も誘惑に負けそうになったこともある」と言ってますよ。(笑) でもきっともっとイエスを身近に感じるのは・・・
もっとイエスが人間ぽく感じられるように変わってくるかもしれない・・・。

でも、イエスってすごいですね。皆、イエスは愛しているって言うか、許しているんですよ。皆、許しているんです。

枠をはずしなさいって言ってます。

イエスがとても楽しみにしているって言ってます。

(後略)