始めてのヒプノセラピー

人生の終わりの場面・・・私はベッドに横になって、枕元には奥さん、
子供はなぜか、ずっと離れたドアのところ・・・

安藤先生にはじめてお会いしたのは、去年の11月。インナーチャイルドの講演会でした。私にとって、グットタイミングな、お話でした。自分の両親のこと、子供時代のことも子育てを通して、ふたが開き始めて
いました。

けれど、その前に、義理の母とのこと、子どもたちのこと、夫とのことで、悩んでいました。それと、10年前くらいから、年に数回右の背中に走る、呼吸が出来ないほどの激痛(何度も精密検査を受けましたが、そのたびに異常ないといわれていました。)の原因がわかれば・・・。と思いました。

3月に受けたヒプノの体験談です。(かなり前ですが)  初めてヒプノについて聞いたときには、よく解かっていなかったので、なんだかちょっと関わらないほうがいいかも、と思いましたが、今では本当に受けてよかったと思っています。ヒプノはしっかりと今と向き合い、生きていくことの大切さを教えてくれました。  
前日の夜、私と一番上の息子が高熱を出してしまいました。「大丈夫でしょう。」ということではじめましたが、頭はボーっとしています。感じたことを大事にして、『「〜かな。」と思ったら、「〜だ。」と言ってください。』と言われました。そのことがとても大切なことだと、あとで思いました。  

エレベーターを降りていきます。頭のどこかで、本当に見えるのかなあ。と思っています。けれどそのうち風を感じました

。私は裸足で断崖絶壁に立っています。潮風に髪の毛がたなびいています。28歳の女性です。娘(8歳)を海で亡くしました。娘は、長男だと解かります。ぽんと!解かるのですが、それを冷静に、『本当かな。』と思っている自分もいて、変な感じです。  
アメリカ(?)へ大きな船で行く途中、事故に合い娘を救命ボートに先に乗せ、「必ず後から行 くからまっていてね。」と送り出しますが、結局自分だけ助かってしまいます。  悲しくて悔しくて、海に飛び込んで自殺してしまいます。抱きしめてあげたいのに、海に連れて行かれてしまった。助けてあげられなかった。後悔と、悲しみと恨みの感情が押し寄せて、涙が止まりません。「海は嫌!怖い!」と叫んでいます。先生の言葉にもうまく答えられません。

「では次の場面に行きましょう。」と言われ、見えてきたのは森です。
小鳥のさえずりが聞こえます。バイオリンの音と子どもたちの笑い声。お祭りのようです。「どこにいますか?」と聞かれ、「ドイツです。」と答えています。私は50歳代の男性で、学校の先生をしています。とてもとても幸せです。仕事にやりがいを感じていて、仕事が大好きです。学校のような建物が見えます。「何でも解かりますよ。歩き回って、学校の名前の書いてあるところへいってください。」と言われて、「D」と浮かびます。

家族は、とても優しい奥さんと、男の子が二人います。 そのとき、「すごくすごく寂しい。さみしい。悲しい。かなしい。」という感情がどっと流れ込んできました。・・・ああそうだったのか・・・。私は仕事を生きがいにし、家族を大切にしませんでした。私が仕事に打ち込めた影には、家族の支えがあったのに、感謝したり、思いやることが出来ませんでした。いつも完璧を求めて、思い通りにしないと気のすまない、家族には厳しいワンマンな父親でした。

奥さんは、今の主人です。そして子どもはなんと、義理の母と、実の父です。「寂しい思いをさせて、ごめんなさい。」そう思いながら、涙がとまりません。奥さんと子どもを抱っこしてあげたい。泣きながらそう思いました。「イメージで抱っこして、光でつつんであげて。」そう、先生に言われた気がします。

「その人生の最期の場面へ言ってみましょう。」そういわれて、場面が変わります。私はベッドに横になっています。枕もとには奥さん。子どもはなぜか、ずっと離れたドアのところです。「病気ですか。」「いいえ。」・・・。なんだろう苦しい。そして、本当に私の右の背中に、痛みが走りました。「いたい・・。」「痛みは感じません。どうしたのですか。」上の子ども(義母)に、(子供といってももう大きいですが)、刺された、か、おされたかで、怪我をおった。と感じます。故意にか事故かはわかりません。でも、冷静な自分が、『えー!!そんなこといやだ。うそだろう!!』と思っています。自分で感じたことにびっくりしてしまって、先生にうまく答えられません。けれども私は、とても幸せだ。と感じて死んでいきます。逃げずにしっかり見ればよかったと思います。

その後、光の世界に入っていきました。まぶしい。何かちかちか回転している。すいこまれそう。 光の世界にいます。とても暖かくて優しい光。表現できないくらいの幸せな気持ちに包まれています。私の後ろに誰かいます。私の脇を抱えて、右と左、2人の、白く輝いた、大きくて羽のある方が支えて私を持ち上げてくださっています。 「いつも見ています。大丈夫。まっすぐ進んでいってください。愛を伝えていってください。愛しています。」という気持ちが流れ込んできます。もう一人の方から、「ねえ、ねえ。たのしくやろうよ!」とつたわります。 ああ私は、ひとりぼっちじゃないんだ。幸せでありがたくて、涙が止まりません。ずっとここにいたいと思います。 その感情に浸ってしまって、又も、先生の質問に答えられません。

名残惜しい気持ちで、ヒプノは終了しました。  戻ってきてしばらくボーっといていました。(いっぱい泣いたし。)  それを受け入れるのに、かなりの時間がかかりました。もしかして、自分で考えたことなのかな。と思ったりしましたが、それだけでは涙は出ないし、痛みも感じたりしないですよね。

それに不思議なことに、時間がたつにつれて、リアルさがまして、もっといろいろなことも思い出したりしています。  これは私もびっくりしたエピソードなんですが、次の日の朝、長男が、寝起きに、突然「お母さん、ぼく、2歳か3歳の時、お母さんに初めて会った気がしなかったんだよ。そしたら今日夢でね、『そうだよ、前にも会ってたんだよ。』って、声がしたんだよ。」って言うのです。ヒプノのことなんて言っていないのに。鳥肌が立ってしまいました。  

長男(今8歳です)のことが、過剰に気になって仕方なく、いつも行動を把握していないと気がすまなかったこと。喘息があるのですが、その咳を聞くたびに、自分が責められている気がして、子どもの気持ちを受け止めてあげられなかったこと。(かわいいと思えなくなっていました。なんて母親でしょう・・・。)そして、長男は、わたしと離れるのをとても怖がること。(パニックになることもありました。)水が嫌いなこと。納得がいきます。 今世は、後ろばかり振り返らず、自分を責めず、逃げずにしっかり前を向いて、今ある命を大切に生きていかなくては。また出会えたことに感謝です。今では毎日、抱っこしてあげられるようになりました。  

そしてもう一つの過去。受け入れるのに時間がかかりました。けれど、そう思うことで納得が行くなら、そう思おう。と思いました。義理の母は、愛情をかけてあげられなかった、私の子どもだったと。すると、びっくりすることに、数ヶ月の間に自分でもどうすることも出来なかった、義母に対する、拒否感、否定的感情が、無くなっていったのです。それと同時に、義母から向けられていた、攻撃的な感情もなくなりました。今年の夏は、一緒に旅行に行ったんですよ!!夫に対しても少し(?)謙虚になれたようです。離婚まで考えていたのに。  

それから不思議なことに背中の激痛もあれから出ていません。いつ頃から、どんなときに痛くなったのか思い出してみるといいよと先生に言われて、考えてみると、痛みは主人とであった頃からで、仕事などにのめりこみすぎたときに痛くなっていました。バランスをとるように教えてくれていたのでしょうね。  

いつの間にかいろんな事を人のせいにしていたし、私はこんなに大変で、一人でがんばってるのよなんて、傲慢なこと思っていましたが、私の周りにはいつもこんなに温かく見守っていてくださる方々がいてくださるんだ。と、とてもありがたく思います。