以下にお読みいただくケースは忠実にテープ起こしをしたものです。
ご紹介したいものの、内容的にアップするべきかどうか、迷ったものですが、これをどうお読みになるか、ご判断は読者におまかせすることで、決断が出来ました。

ヒーリングセンター爽は、純粋に癒しの場所であり、何の宗教にも関わりがありませんし、勿論、キリスト教にも関係がありません。セッションを受ける方々も殆どの方が関わりがないのですが、過去世退行をしてみると、多くの人々がイエスキリストが生きていた時代に、同じように生活していたという記憶が蘇るので、驚かれるようです。

そんなわけで、体験談にもイエスキリストが登場することが多いので、勘違いされるのも無理のないことですが、セッションを受けに来てくださるとすぐ分かり 、皆様が納得され、安心なさる部分もあるようです。

次の過去世退行の内容は、大抵のことでは驚かなくなった私も、ちょっとショックではありましたが、
思い起こしてみれば、これに似た体験を思い出された人はこのケースだけではありませんでした。

私たちの中で、歴史の記憶が生きている・・・・とも言えるこの現象を皆様はどうお思いになられるでしょうか。


何かで刺すんです、イエスの身体を。ナイフみたいな矢です。あんまり大きなものではない、

小さな矢。1人がやったんではなくて、みんな共同責任みたいにして、イエスを刺す。みんなでやるしかない。

偉い人は、自分ではやらないで、「お前ら、やれ」という感じで、やらされる。みんな不本意。やらされた。

偉い人は自分ではやりたくないから、他人にやらせる。辛い、イヤだ。

十字架の上にいるイエスを刺しているわけではない。地上です。石をぶつけたり、叩いたり、

刺したりしている。 やっている人はみんな兵士です。地面でやっています。イエスは

十字架につけられて、石とかぶつけられて、 石でぶたれたりして、手足を縛られて、動けない。

罵っている言葉もある。

                        (以下、R:クライアント   T:セラピスト)

R: その話をする人は、大勢の人を引き寄せる力がある。何かすごく心が惹かれるんです、みんな。

  イエスは、時々その丘の上でお話するみたいです。丘の上に登って、イエスは時々話をしている。

  その人のところにいた男の子は、預かっているというか、親がない子みたいな、そんな子どもが来ている。

  親のない子ども、孤児みたいな感じです。何人かいますよ。その家に私はなんで行きたいかというと、心が暖かくなる

  みたいです。



T:  その子どもたちにどうやって食べさせているのですか。

R: 女の人が働いているみたいです。

 

T: 何をしているんですか

R: ものを運んでいるみたいです。ざるや籠みたいなものを運んでいる。

    市場みたいなところで働いているのかもしれない。

   ものを運んでお金をもらっているのかな。人がいて、市場か、街で働いているみたいです。

 

   街並みが見えます。そんなところにその男の人も歩いています。

   その女の人は、おばあさんみたいな人に水を汲んできて、運んであげています。助けている、

   それでお金をもらっているのかな。

  その子どもたちがいるので、みんなが恵んでくれる。その子どもたちも働くみたいです。その中にきっと、その子どもた 
   ちの中に、○がいるのかな。

 

  街中の通りは、石でできているようです。

  女の人が住んでいるのは粗末な家で、坂道の途中にあるので、生活しにくいみたいな感じがしています。だから、

  坂道の途中には貧しい人たちが住んでいます。でも働いている街中は、平らなところなので、住みやすくて、偉い人

  も住んでいる。

  子どもたちは結構楽しそうに、何か仕事しています。親切な人がいて助けてくれる。それで生活できている。

 

T:どういう助け方をするんですか。

R: 物質的にも助けている。みんなが話を聞かせていただいた御礼というか、お布施のような感じで、生活に必要なもの 

   をさしあげている。

  子どもたちにも必要なもの。その女の人も働いている。その働き方は、水汲みをしたり、ものを運んだりしている。

  畑に行って仕事をしているわけではない。人の中に入って、面倒をみたりしているみたいです。生き生きとしている、

  子どもたちが楽しそうに仕事を一生懸命している。活気があるのがわかる。

 

T: 子どもたちはいくつくらいですか。

R: 小学生くらいか、もっと小さい。女の子も男の子もいます。いい身なりはしていないけど、気持ちが豊かに

  暮らしているという感じ、満たされて暮らしているという感じです。私はそれを見ている。私は、ただその様子を見てい

  る。

  私の家は、そんなに粗末な感じではない。

 

T: あなたご自身はおいくつくらいですか。

R: 私は40くらいです。老人ではない。

 

T: 話をする人はいくつくらいですか。

R: 若いです。女の人も若いですよ。私よりも若いみたい。話をする人は、路地裏を歩いている感じ。あまり緑がないとこ   
   ろで、渇いた土っぽいところ。



T: あなたのお仕事は何ですか。

R: 大きい建物で働いているのかな。立派な大きい家で働いているみたいです。その家から、すぐ外が見えます。

  ●●が住んでいるところよりも立派なところ。



T: 働いている時はどんな服装をしていますか。

R: そんな粗末な服じゃない気がします。黒っぽいものを身につけている。



T: 身につけているというのはどういうのですか。ズボンにシャツ姿?

R: それほどではない。でもちゃんとした服装をしています。靴をはいている感じ。長靴です。兵士なのかな。

   仕事をしている時は、外が暑くても、涼しい屋内で仕事をしています。

   
    私は、仕事している自分と、それから、イエスに引かれるものと2つの心を持っている感じです。私は仕事で街を歩

   いているのかもしれない。

   話を聞きに行ったときは、仕事で着るようなそんな洋服は着ていません。仕事をしているときと、その話を聞きに行く

   ときの洋服は違います。

   話を聞きに行くときは、心を惹かれていくんですね。



T: 話を聞きにいくのは、仕事で行っているのではない?

R: 仕事ではない。自分が好きで、心を惹かれていく。丘を登っていくみんなも、心を惹かれていくような感じ。いつもい

   つも行っているわけではなく、

   何か「こっちだよー、おいでよー」と誰かが声をかけてくれて、何かがあるときにみんなが行く。そこでみんなで、何

   かを食べたり、話を聞いたりしている。座って聞いていますよ。



T: 人数は何十人くらい?

R: 何十人のときもあれば、もっといっぱいの時もある。話を聞けるのは、しょっちゅうではないので、楽しみにして、心待

   ちにして行く。

  私もそう。そこで、いっぱい心が満たされてみんなで帰ってくる。

 

T: あなたが男の人と関わる場面で大切なところに行きます。あなたは男の人と、仕事として関わるのか、見てきてくだ

  さい。

R: イエスが話をする丘は、街からみんなが見上げて見えるところ。そこで、「おーい、こっちだよ」と呼んでいる。私は軍

   人で、みんなと

   一緒に行くんです。誰かが私より先にイエスを連れて行っている。話をする場所は、丘のずーっと奥の方。

  

   今度は、お話をしていた奥の方ではなくて、同じ丘だが、街に近いところで、事件が起こる。暗い嫌な雰囲気です。

   兵隊さんが何十人もいる。責めてる。イエスを口で責め立てている。先頭に立っている人が大きな声で、イエスを

   責めている。

  

   先頭の人たちは、偉い人。後ろに居る人たちは、「それもそうだけど・・・」という感じ。私は、兵隊の集団の中の後ろ

   の方にいる。私はイエスに心が惹かれる感じがあるから、「偉い人が言っていることもそうだけど・・・でも・・・」と思っ

   ている。

   

   私は立場上、逃げるに逃げられない感じ。

   「お前もそうだろう、同じ気持ちだろう?」と、脇の人から言われている。だけど、「それもそうだけどな・・でも・・・」と

   私は思っている。

    

   でも、だからと言って、それを口に出して言えない。それで、「やれ、やれ、やれ」と周りからけしかけられる。それで

   やるしかなくて、何かで刺すんです、イエスの身体を。ナイフみたいな矢です。あんまり大きなものではない、小さな

   矢。

  

   1人がやったんではなくて、みんな共同責任みたいにして、イエスを刺す。みんなでやるしかない。偉い人は、自分

   ではやらないで、「お前ら、やれ」という感じで、やらされる。

 

   みんな不本意。やらされた。偉い人は自分ではやりたくないから、他人にやらせる。辛い、イヤだ。

 

T:イエスは、どういう感じで突き刺されますか?

R: 十字架の上にいるイエスを刺しているわけではない。地上です。石をぶつけたり、叩いたり、刺したりしている。やっ

   ている人は、みんな兵士です。地面でやっています。イエスは十字架につけられて、石とかぶつけられて、石でぶ

   たれたりして、手足を縛られて、動けない。罵っている言葉もある。

 

T: 何と言って罵っていますか。

R: 「あの時、あんなこと言っていたのに、何だ」という感じ。ばかやろうとかではない。

   「あの時、こうだったのに、何だ?! あの時、あんないい事を言っていたのに、自分を助けられないのか」。

   ふがいなさみたいなことを言っている。神様は助けてくれないのか。

   それに、「イエスの言ったことでは、生活できない。お金にならないから。それが目に見えて、すぐに実際に生活に

   役に立たない」。

   

   そういうことを言って責め立てている。そこにその女の人はいない。

 

    やった後は、私も、みんなも血が引いていく思い。みんなでナイフではなくて、石とか棒とかで叩いたりした。

    みんなで十字架を立てて、丸太みたいなものに縛られているのかな。イエスが倒れていて、死んだのを見て、

    嫌な気分ですね。すごく嫌な気分。

 

T: その周りの人たちは、どんな感じですか。

R: うずくまっています。

  兵士が50人くらいいます。私は、その十字架の、亡くなったイエスの近くにいます。自分でぶったり叩いたりしたんで

  すね、きっと。

  私の周りに居る人たちもうなだれて、うつむいて、じっとしています。私の気持ちは、ずっとそこに居たいのかもしれな

  い。

  イヤなんだけど、そこに居たい気持ちがあった。でも、命令されて帰らなくちゃいけない、そこを離れなくてはいけない

  。

 

T: どこへ帰るんですか。

R: 仕事をする場です。私は仕事場に居たりして、イエスから距離を置いたりしています。

   イエスのそばにいると辛いので。

 

T: あなたは現場には二度と戻らないのですか。

R: 戻らないように思います。

 

T: その後、女の人はどうしました?

R: 見に来ます。とても悲しくて、つらそうです。子どもたちも行く。

  そのときは、十字架につけられているのを見にいったわけではなく、十字架から降ろされて、何かに

  のせられているところを見に行った。

  子どもたちもそのとき一緒に来て、女の人は、子供たちに支えられている。気持ちを一緒に共有できて、

  一緒に悲しんでいる感じです。

 

T: 女の人はどんな服装ですか。

R: 粗末なものを着て、何か巻いている。黒っぽいのを着ている。

  その女の人は、そうなることをもうわかっている。もうわかっていて、覚悟ができているみたい。

  子どもたち4人、5人もわかっているのかな。一緒にその子どもたちと悲しみを共有しているので、その女の人は、

  支えられている。その女の人と子どもたちは一緒に、葬るところにも行く。

 

T: あなたは行かないのですか?

R: 私は遠くから見ている。

  イエスは大きい広場でも話しますが、よくあちらこちらで話をしています。

  いっぱい人々が集まるところがあの丘の上だが、街の隅々、子どもたちが働いている街中とか、坂道のところとか、

  路地裏でも話しています。折に触れて話をしている。その女の人は、普通は話しをするところには一緒に行っていま

  せん。

  女の人は仕事をしているんですね。

 

T: 女の人と男の人は一緒に住んでいるのですか?

R: しょっちゅう来ている。

  いや、一緒に暮らしているのかもしれない。家に入って右側に、女の人の大きなベッドがひとつあって、

  左に小さなベッドがあるのかもしれない。右の奥の方に子どもたちがいるのかもしれない。

  本当にお皿が必要な分とかしかない。

  その男の人、イエスの居場所も狭いような気がします。

 

T: イエスのお母さんはいないんですか。

R: いないです。

  子供たちはそこが気に入っているみたいです。そこに住んでいるのは、子どもたちと、女の人と、イエスらしき人。

 

T:イエスが生まれたところは別ですか。

R:イエスが生まれたところは平らなところ。住んでいるここではない感じです。

 

T: そこには母親がいるんですか。

R: 見えるのは、イエスが生まれたところは、平らなところという感じ。

  今、イエスと女の人がいるところは、坂道の途中なので、家を建てるのも大変なところです。

  だから、イエスが生まれたところではないという感じ。イエスは今居るところと違うところで育ったと思います。

  平らなところで生まれて育ったと思います。小屋みたいなところ。

 

T: あなたはイエスの母親は見たことがない?

R: ない。私が心惹かれるところは、その坂道の途中にある粗末な家。そこに行きたいんです。

  子どもたちがいて、女の人がいて、イエスがいるところが見えて、とても気持ちがいいんです。

  それと、私は街角も気に入っているみたいです。

 

以降、覚醒のメッセージが述べられ、セッション終了。