|
医院の中に開いて成功したヒーリング・クリニック
ジュリア・ランバート
私が、ヘンリー・オン・テームズの近くにあるソニング・コモン・ヘルス・センター(Sonning Common Health Centre)内にヒーリング・
クリニックを開いたのは、2002年9月のことです。それまで私は、ロンドンのカレッジ・オヴ・サイキック・スタディーズ(College of Psychic
Studies)の中にあるヒーリング・クリニックで、パートタイムのヒーラーとして働いていました。
当時、私は「ヒーリングが受けられる場所を地元に開設しなくては・・・」といったような、なにか急き立てられているような気持ちを
抱いていました。
私は、当時、そこのソニング・コモン・ヘルスセンターの受付係を対象に瞑想教室を開いていたものですから、そこのセンター運営
局長に(ここにヒーリングを受けられる場所を開きたいのだけれど・・・という)自分のアイディアを話してみました。
私を良く知っていた彼女は、その私の考えをセンターの幹部に話してみてやろうと、取り次ぐ役目を快く引き受けてはくれはした
ものの、彼女の見方は「多分、望み薄でしょう・・・」という風な悲観的なものでした。
実際のところ、私がそのヘルスセンターの幹部の医師に送った最初の文書に対する回答は、やっぱり「ノー」だったのです。
しかし、それまで営業の分野でも経験のある私は、「ノー」という返事は、時には「もう少し詳しく知りたい」ということの別な表現で
もあるうることを知っていました。
ですから私は直感的に「諦めるのはまだ早い・・・もう一度、トライしてみよう」と感じたのです。
そこで、医師でもあり、ヒーラーでもある人に電話をして意見を求める事にしてみました。彼は実際に開業している自分の医院内で
ヒーラーと一緒に仕事をしていたからです。
彼いわく、「あんまり多くの資料を送りつけたりしない方がいいよ。ごみ入れに放り込まれるのがオチだからね。」と、もっともな忠告を
してくれました。
忠告に従って、今度はより具体的にどうすればうまくいくか、という企画案を提出してみました。
「3ヶ月の試験期間を設けて、毎週水曜日の午後2時30分から5時までヒーリングを行い、予約は1回につき30分とし、料金は
ドネーション(自主的寄付)制とする」という内容のものでした。
(ヘルス・センターの)幹部医師が私の企画を承諾してくれたと知った時の運営局長は容易に信じられないといった様子でした。
彼女はその医師がヒーリングといった概念を受け入れるような人ではないと固く信じていたからです。
開設以来2年の月日が経ち、現在クリニックは、水曜日の午後2時30分から6時までと、木曜日の午後4時から6時までの週2回
開かれています。
NFSHでトレーニングを受けたヒーラーのテレーサ・コリエが手伝いに来てくれ、運営も一緒に行なっています。
需要は非常に多く、危急の事態に備えて早めにクリニックに入ることもしばしばで、現在週に3日開くことを検討中です。
ヒーリングを受けているのは、20代の初めから70代終わりまでのさまざまな人たちで、男性と女性の比率は半々です。
ある男性は、特に痛みを和らげることが目的で来ています。
膝の手術を受けるためにベッドが空くのを待っているといった状況の中で、ヒーリングが彼の痛みを和らげているのです。
心臓に疾患があるため痛み止めを使うことができず、手術を受ける前にペースメーカーを埋め込む必要があるということです。
もう一つの症例に、非常に懐疑的だったグラスゴー出身の男性のケースがあります。
彼は5年間もパーキンソン病に苦しめられ、ありとあらゆる治療法を試しましたがうまくゆかず、最後の手段としてヒーリングに
頼ることにしたのです。彼の問題のひとつは、使っている薬の副作用で、震えがとまらないことでした。その薬なしでは立ち
上がれないため、やめられないのです。
私は、長期にわたって苦しんできた症状をもつ患者さんの場合、少なくとも3度はセッションを受けるようお願いしています。
経験から分かったことなのですが、身体がヒーリング・エネルギーを活用し始め、回復が目に見えるようになるには、これらの
セッションが終わってしばらく経ってのことが多いからです。
彼は同意してくれまして、3度目のセッションを受けるころまでには震えはおさまり始め、その後もどんどん良くなっていきました。
8度目のセッションの時だったと思いますが、終了後、震えは事実上全く無くなりました。
そして、ついに震えが全然出なくなり、彼の人生は一変したのです。
それ以降、彼は初めての海外旅行に出かけ、今では夜外出することもできるようになっています。
この疑い深いグラスゴー出身の患者が経験したのは、まさに1988年にドクター・ヒーラー・ネットワークをスタートさせた米国の
医師、ダン・ベノー博士が、「ヒーリングが薬物治療と調和できる」と語ったように、まさしくヒーリングと薬物治療の調和
が功を奏したのでした。
私はこの患者に、(患者に説明させるなど前例のないことと思ったものの)医院のミーティングに出席して医師達の質問に答えて
もらえないだろうかと頼んでみました。
彼は自分の体験を、中規模の医院にしてはかなりの参加者数と言える、10人のスタッフを前に語り、質問攻めに会いました。
それ以来、医師たちは以前にも増して多くの患者さん達にヒーリングを試してみるよう勧めてくれるようになりました。
思うのですが、宇宙が私にヒーリング・プロセスの解明に役立つようにと、お膳立てしてくれているとしか考えられません。
***********
ジュリー・ランバートは、ニュージーランド出身で、英国に住んで19年になります。米国のコーチ総合大学(Coach University)で学び、
ドクター・ヒーラー・ネットワークと国際コーチ連盟(International Coach Federation)のメンバーであります。
また、ヒーリング従事者の免許を得て、ソニング・コモン・ヘルス・センターでヒーリング・クリニックを運営しています。
「私がヒーリングの旅を始めたのは随分前のことです。
ある夜のこと、飼い犬のグレイハウンド(引退した競争犬)が筋肉を傷めた時のことでした。
その犬が夜中痛みに苦しむのを見ていられず、私は炎症を起こしている犬の肩に手を当てて神に「お助けください」と祈りました。
それは今考えても不思議な体験でした。強烈な熱が私の腕を通って行くのが感じられ、それと同時に強い心配が解けていくようで
「もうお任せしよう」という気分にさせられていました。
翌朝、犬は元気に朝の挨拶をしたのです。足を引きずることも全くなく、痛みも残ってないようでした。
本当にびっくりしました。
私はその後の数週間のうちに前述のカレッジの書類を取り寄せて、早速土曜日のワークショップ「ヒーリング入門」に参加することに
したのです。
人々が抱えている問題の源に近づき、・・・パワーと慈愛に包まれながら、色々な道の中から彼ら自身が自由に選択しながら人生を
歩む、つまり人生の運転席にもう一度しっかり戻るお手伝いをすること・・・は私にとって人生を一変させる、価値のある経験でした。
それは、いま私のしていることの全てを紡いでいる金の糸でもあります。
これ程やりがいのある職業に私を導いてくれた犬に、心から感謝せずにはいられません。」
|